2006年04月21日

「懺悔の日々」によせて

「懺悔の日々」拝読させていただきました。
正直に書きます。ご容赦下さい。本当にこれほど言及しにくい記事はないと思うのです。
なんで言及しにくいかと言えば、まず事情がよくわからないからです。「Mamiさん気を落とさずに。間違いは誰にだってあるさ」と書くことは簡単なのですが、そう書くことによって、Mamiさんが"言葉を凶器として突き刺してしまった"と思っている当該の方をさらに傷つけることも考えられるわけですから。これでは逆効果です。
しかしながら、そのMamiさんの「懺悔の日々」の背景を根掘り葉掘り聞く事も出来ません。当該の方もMamiさんもそれでは救われないでしょうし。だから、ブログ読者は傍観するしかないのです。こういう場合。ヘタに第三者が首をつっこむわけにはいかない。

こういう理由でブログが閉鎖されていくという光景を僕は何度も見てきています。ブログ閉鎖しますの記事の中でも書きましたが、こういうことはブログ閉鎖の原因の案外多数を占めているのではないかと思っています。不用意な一言、或いは自分は不用意に言ったことではないとしても解釈の相違で対象者が傷ついたり怒ってしまったりした場合。
以前にも書きましたが、ブログ、或いはネット上で発言することは難しい。「不用意に書いた一言で傷つく人もいる。不特定多数が読む場所で文章を書くことは全方位にアンテナを張らないと書く資格がないのではないだろうか」と、以前桜の下で繋がる話のときに僕は書いたことがありましたね。
この桜の話は「懺悔の日々」とは関係ないことなのかもしれませんが、あの時も、もしかしたらその桜の記事を書いた人が読んだらこりゃ傷つくだろうなと危惧していました。当人はおそらく悪気はなかったと推測されますので、「桜の花で皆で繋がろう」の当該のブログ主がMamiさんの言葉を読めば辛い思いをするだろうになと。Mamiさんの気持ちとしては「私も傷ついたのよ」でしょうが、僕は見ていてややこしいなと思っていました。あれも事情がわかりませんでしたので(誰が桜の花で繋がろうと言ったのか)、また僕が首を突っ込む事柄でもないのでそれ以上の言及は避けていましたが、本音はやんわりと諫めたかった気持ちがありました。言葉の刃は至るところに転がっています。

僕はわりに批判記事を書いたりします。これは覚悟の上でやっていることです。誹謗中傷は困りますが、反論コメントがもしついたら受けて立とうといつも思っています。論争を望んでいるわけではありませんが、自分に非があれば潔く訂正もしようと思いますし陳謝もするつもりです。自分の記事には責任を持ちたいと思っています。自分の発言には責任を持たなくてはいけない。それはHNで書いているとは言え実生活と同じです。「眠かったから」「忙しかったから」つい筆が滑った、という言い訳は通用しないでしょう。自分の意見を公開するということはさほどに大変なことなのではないでしょうか。
ブログを閉鎖されないという決断は勇気がいることだと思います。ただ、この判断は素晴らしいと僕は思っています。そのMamiさんが傷つけたと思っている相手の方の負担を減らすことにも繋がります。「自分のせいでブログを閉じた人がいる」という事はまた相手をしんどい思いにさせます。辛いかもしれませんがブログを継続することは、相手を思いやることにも繋がるからです。Mamiさんの出した結論は正しいと僕は思います。


それにしても…。
「眠れない日が続き、体重は落ち…」これはゆゆしきことです。大丈夫ですか? 持ち直されていますか? ネットの向こう側にいるMamiさんが心配でなりません。前段では理屈をこねましたが、僕はMamiさんを大切な友人だと思っています。ネット上でのコメントのやりとりの付き合いでしかありませんが、それでも一年を超えるお付き合いです。このMamiさんの焦燥したお姿は見るに耐えません。
Mamiさんは決して一人ではありません。Mamiさんの味方はたくさんいます。ご家族、長いお付き合いのご友人、そして「こんなブログでも気に入ってくださる方」達。みんなMamiさんのことが好きなのです。それは確信を持って言える事です。応援団は間違いなく存在しているのです。

生意気なことをずいぶん書きました。怒ってしまわれましたか? この記事はMamiさん用の記事で僕のブログでは非公開設定にしていますので、このTBが都合が悪ければ本当に削除していただいて結構です。そのことで僕が不満に思うことは金輪際ありません。厳しいことも書いてしまいましたので。ただ、悪意を持って書いたものではもちろんありません。これまでのようなお付き合いが出来ればと念じています。僕もこういうことを書くのはある程度覚悟がいることなのです。僕のほうが「去っていかないで」という心境です。今は。

しかしながら今後のブログ運営が「懺悔の日々」前提であるならば、「HAPPYになりましょ!」というわけにはいきません。前段と違って無責任な発言かもしれませんが、ここで「一区切り」として、気分も新たに幸せを模索していくブログであって欲しいです。そうでなければブログを継続する意味がありません。MamiさんがHAPPYにならなければいけないのです。もう懺悔はなされたのではないですか。これからは、前を向いて下さい。そう僕は願っています。

辛いことがあっても力になれない自分を少し情けなく思っています。


posted by 凛太郎 at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | TB記事 | 更新情報をチェックする
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