2005年11月25日

藤原不比等の魔法が解けるとき

タイトルはなんの話かと言えば、今日正式に「皇室典範に関する有識者会議」が女性・女系天皇の容認をした報告書を首相に提出したということです。
僕はここで滅多に時事については書きませんし、せいぜい酒税が高すぎるだのとか、福沢諭吉がお札に40年も載るのは長すぎる、程度のことしかボヤきません。それに、天皇制の話は非常に公の場でするのは危険なので出来るだけ避けてきました。しかし…。

今日、とある場所での会話。

「女性天皇がとうとう認められたな。こんな当たり前のことを無駄に議論して金使って。困りものだよ」
「でもこれは歴史の転換点ですからね」(僕)
「君はもっと歴史を勉強したほうがいいよ。まあ確かに知っている人は少ないが、日本にはかつて女性天皇は存在したのだよ。そういう事実があるのに、こんな議論ムダなことなんだ。しかも今は男女平等。時代遅れも甚だしい。これは歴史の転換点でもなんでもないんだ」
「・・・・・」(僕)

これがおそらく世間一般の認識なのではないでしょうか。女性天皇と女系天皇の区別さえ付かない。この人は社会的地位もあるいい歳をしたおっさんなのですが、この人こそもっと歴史を勉強した方がいい。
女性天皇がかつて存したことなどはみんな百も承知なのです。ただ女系天皇は今まで存在したことはありません。
つまり、現皇太子の子供である愛子さんが即位するのは、全く歴史的に見て問題ないのです。ただ、愛子さんが結婚して(おそらく皇族でない人)、その子供が皇位を継ぐ、ということ(これが女系天皇)が前例の無いことなので、そこのところを議論しているのです。こんなこと新聞を読めばわかるはずなのですが…。マスコミの報道の仕方も悪いのだな。
歴史の中では、女性天皇は8人います。重祚(いったん退位してまた即位すること)が二人いるので女性は10回即位しています。ただ、その女性天皇が、所謂市井の人と結婚してその子供が即位したなんてことは一度もありません。
推古・皇極(斎明)・持統・元明と古代の女性天皇は、もちろん皇族の血筋であり、かつその配偶者は天皇ないし皇太子です。配偶者である天皇(皇太子)が先に崩御して即位しています。子供は当然正統な皇位継承者です。
また、元正・孝謙天皇(称徳)、そして江戸時代の明正・後桜町天皇は独身です。
こういう歴史背景があって、天皇家は伝説では2700年足らずの間、万世一系を保ってきたと言われるのです。それを今回、皇室有識者会議は崩すと言っているのです。これが歴史的転換点でなくてなんでしょうか。

もっとも、僕はそれに反対、とか言っているのではありません。こんな重大なことがあまり世間に認識されずに流れていくさまを憂いているだけです。あの藤原不比等が1300年前に作った「日本書紀」というバイブル、そして天皇を現人神と位置付けた魔法がとうとう崩れていくと言うのに…。

僕は、どちらかと言えば今の天皇制については疑問を持っているほうの人間です。明治政府が神格化した重い天皇制の名残は今も残っていて、今の日本人に染み付いています。今だに天皇は広大な皇居に住み、多大な税金が投入されています。まだ幕末の国学、尊王運動の「玉」から脱却していません。かつてはこんな天皇制ではなかった。鎌倉以降、天皇は後醍醐天皇の一時期を除いてこんなに重い存在ではなかったはずです。もうそういうのこそ「時代遅れ」であると。そこまで税金をかけて天皇を「公的」存在にするならば、天皇陵の発掘も認めるべきであると僕は思いますが。
但し、「天皇家」は文化遺産であり、これは残した方がいいと思っています。「天皇制」と「天皇家」は別次元で見たいと思っています。

ここまで書いてきてちょっとやはりまずいのではないかと思い始めました。この記事は後で削除するかもしれません。

※というわけで元サイトからは削除しました。目立たないこっちに置いておきます。
posted by 凛太郎 at 23:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記事 | 更新情報をチェックする
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